ささログ

040：叱られたら逆ギレ、これ基本。


とりあえず、オレのだって自覚してる？


「―――......は？」

それを言ったら、目をまん丸くした藤守は、ただじっとオレのことを見た。

いやそんな不思議そうな顔されてもさ、オレとしては言いたいことが山ほどある。

「昨日、夜と......」

それだけいうと、いまいち口が重くなった。思い出してもムカつくことは口に出したら更にムカつくだけで。

言葉にできないまま、じっとりと恨めしげに見つめると、そんなオレにカッとなった藤守は怒鳴った。

「へ、変な言い方するなよっ。それじゃまるで夜と何かあったみたいじゃないかっ」

「ないとは言わせねぇぞっ。油断しやがって」

「油断......って、それはそうかもしれないけどっ。けど、疚しいことは一つもないよ」

「押し倒されたし。キスもされてた」

ほっぺたじゃないか。と藤守は言うが。

我ながら性根が狭いとは思うし、藤守とらんのことも夜とらんの関係も分かってる。

けれど、やっぱり藤守って存在に触れるのはオレだけであって欲しいわけで。それは例え、もう一人のオレであったとしても、全然例外にはならない。

「他の奴に触られるの、嫌なんだよ」

思わずこぼれた独占欲だらけのオレの呟きを聞いて藤守は、むっとした表情を憮然としたものに変えた。

「それじゃ言わせてもらうけど、誰のせいで俺があんな目に遭ったと思ってんの？」

「うっ」

それを言われると言葉が出なくなる。

「油断がどうのって、それいうなら、羽柴も同じだろ。油断してたから夜に主導権取られたわけだし......って、やっぱり人のこと言えないじゃないかっ」

オレを詰っている内に怒りが増したのか、最後はほぼ切れかけていた。

が、ふと疑問に思えてきたらしい。

「―――ところで、何して夜を怒らせたわけ？」

藤守にそう言われる前から、オレも考えてはいたんだが。

正直夜があれほど怒る理由が思いつかない。ただ心当たりがあると言えば......。

昨日の昼間、何故か急にらんに会いたいと言った夜に、それを思いっきり渋った事ぐらいだ。

大体、らんに会いたいって、会ってそれだけで済むはずが無い。それが分かりきった上での、当然の拒否だったわけだが。

「......え、そんなこと？」

藤守もぽかんと呆気に取られた顔をした。

「だろ。藤守もそう思うだろっ」

「う、うん、まぁ......でも」

「でも？」

「らんの事になると夜って見境なくなるから、怒る理由としては、多分充分そう......？」

「はぁ？　何言って............」

ふと、思い出した。んで、思わず生唾を飲み込む。

―――......そういや夜のヤツ、えらくいい笑顔で「ほう、オレに意見するなんて偉くなったもんだな、空」とか言っていたような......。

急に黙って青ざめたオレを見て、藤守はピンときたらしい。

「羽柴、夜に何言った？」

「え、いや......」

「な・に・を、言ったの？」

問いつめられ、渋々あの会話を藤守に暴露することとなった。



あれは、昨日の昼のことだ。

この日大学は午前中だけで、午後がまるまる暇になっていた。

昼飯食ったら何すっかな～なんて考えながら、藤守の待ってる食堂に向かっているところで、急に夜が話しかけてきた。

大学行ってる昼間に出てくるなんて珍しいなと思いつつ話を聞いてみると、らんに会いたくなったから体を貸せと言い出した。

素直に耳を貸したオレが馬鹿だったと思ったさ。

当然拒否ったが、夜はしつこかった。

「良いだろ、ちょっと会うぐらい」

「良くねぇっ、ちょっと会うで済むわけねぇだろっ、お前が」

「それに何の問題が？」

「あるっ、あるっての！　何時だと思ってるんだよっ、まだ真っ昼間だって。せめて夜にしてくれよ」

「あん？　今日は夜にも会うつもりだけど？」

「はぁ？　聞いてねーぞ」

「あぁ、今言ったし」

「ちょ、待て。......な、なら昼間は控えろよ。大体もうちょっと、都合ってもん考えろよ。オレのもそうだけど、藤守にも都合が......」

「あぁん？　お前、午後から何もねぇじゃん。確か直も、今日は午後から少し空き時間あるとか言ってただろ？」

「急に休講になっただけだって。別の講義は入ってるはずだから、空き時間って言っても二・三時間だってのっ」

「ちょっと足らないけど、まぁとりあえずは充分だろ」

「とりあえずって、お前どんだけなんだよ、夜。あのな、いい加減にしてくれよ。......それに、お前が会いたいからって、らんもそうだと限らないだろ」

「はぁ？　オレのらんが嫌がるかよ。お前らじゃあるまいし......」

「んだと。オレは藤守の意志を尊重してるだけだ。大体、らんも藤守なんだからな。本当は拒みたい時だってあるに決まってる。だけど、お前が強引だから言い出せないんだよ、きっとっ」

「......」

そんな流れがあって、しばらく沈黙した後。

夜のあの台詞があったわけだ......。



「―――......なんて喧嘩してるんだよ。けどよく分かった、俺が八つ当たられるはずだ......」

呆れ果てたと言うように、白い目でため息をついた。そして、その表情のまま、じーっとオレを見つめた。

「......で」

「で？」

「何か言いたいことは、ない？」

「......うっ」

じとっと恨めしげに見つめられて、二の句が継げられなくなった。

確かに、あれは夜の神経を逆撫でする一言だ。逆ギレされて、当然だよな。冷静になってみればよく分かる。

藤守は全面的に被害者ではある。だけど......。

納得できるようで、いまいち納得できてない妙な心境ではあったが、

「ご、ごめん......」

これ以上、藤守の機嫌を損ねて事態を悪化させる気もなかったから、素直に頭を下げた。

そんなオレを見て、納得したように何度も頷きながら、殊勝になったオレに安心したらしい。

したり顔で説教を始めやがった。


「羽柴のが間違ってるって思わないけど、もうちょっと考えたら？」

「羽柴は余計な一言が多いんだよ」

「特に夜には痛い目何度も合わされているんだから、いい加減学習したらいいのに。......気持ちは分かるけど」




―――自分の何かがキレる音がした。

正直、藤守も大概だと思う。
見事に自分の言葉がブーメランになってるっての。

「うがーーーーっ」

「なっ！」

こみ上げてきた怒りにまかせて、オレは藤守の腕を掴んだ。んでそのまま床に押し倒した。

「......ちょ、何？」

急なオレの変貌に、始めこそ目を白黒させてた藤守だったけれど、オレが顔を近づけた途端、すげー睨んできた。

「や、何すんだよ、羽柴っ」

この際、原因が何かなんて、もうどうでもいい。

とりあえずオレ以外が触れたっていう事実だけが重要なんだ。

「ともかく、消毒、させろ。話はそれからだ」

ひどくいい笑顔で、まずはほっぺただよなと、藤守のそれに吸いついた。


「な、何いきなりキレてんだよ、バカーーーーっ」

しかたねーだろ、藤守はオレのだし。



～終～