ささログ

14:要するに愛しちゃってるワケよ。


「好き」なら......って。

それは以前、俺がたまたま言った言葉。

だけど、最近は羽柴がよく使う言葉。

理由としては十分だと思うよ？

でも......。

でもっ。

羽柴が、その......こういう人だって知らなかったってば。





あんまり気持ちが良かったから、昼休みちょっとだけって。

油断して、空き教室なんかでうたた寝しなきゃ良かった......。

気がついたら、俺、羽柴の腕の中にいた。

いや、それだけだったらまだ良かったんだけど、すごく近くに羽柴の顔。

思いっきり口付けられてるって、この状況は一体どうなんだろう。

「―――......は、羽柴っ！」

覚醒してすぐに、力の限り殴っていた。

それは多分、認めたくはないけど......照れ隠し......もあったと思う。

でも、本当に頭にきてた。

その、以前と比べて微妙にというか大きく変わってしまった......羽柴との関係を考えれば、別に今更だって思う。

それは、認めても......いい、のかもしれない、けど。

でも、少なくともっ。

時と場所を考えないで、そ、その......こういうことされたら、俺の反応は当然だと思う。

「何考えてるんだよっ！」

なのに、俺に殴られた頬を撫でながら羽柴は不満も露わに。

「別に？　何考えてるかなんて、藤守だってよく分かっているだろ」

「......な、何言って......っ」

思わず声が上擦ってしまって、そんな自分に余計慌てた。

もっと毅然とした態度取らなきゃ、羽柴に俺の動揺気付かれる。

そ、そんなの駄目っ。

何だかんだ言って、動揺しているうちにいつの間にか羽柴の思うとおりになってしまうんだもん。

だから絶対絶対っ、羽柴のペースにしちゃ、駄目だ。

そう決意してたのに。

いつの間にか距離を縮められていて、すごく顔が近い。

かーっと顔中に熱が広がってくのが、自分でも分かった。

「ほら、オレが近付いただけでこんなに顔赤くしてさ。気付いてねぇの？」

「ちが......っ」

動揺する俺をまるで面白がるみたいにもっと顔を近づけて、じっと俺を見つめてくる。

その瞳の後ろに見え隠れするものなんかホントは気付きたくないのに、まるで羽柴から感染したみたいに熱が全身にまわってく気がした。

熱に浮かされかけて色々考えていたコトが、次第にぼやけていく。

「藤守......っ」

全て飲み込まれる前に距離を置こうとしたら、逃げるなって言うように、強く手首を掴まれた。

「藤守も、分かる、よな？」

「......」

掠れたような、切羽詰まった声。

無視したわけじゃないけど、俺はどうしても顔を上げることは出来なかった。

......分かっては、いる。

羽柴が今何を考えてるのかとか、どうして俺が動揺するのかって。

でも。『だから』、なんだよ？

俺の腕を掴むのが羽柴だってだけで、どうしたらいいのか分からなくなってくる。

自分でも、全身の熱をどうやって止めたらいいのか分からないんだ。

このままでは流されるだけだってことは嫌ってほど分かっていたから、何とか手を振り解こうとしたのに。

「ちょ......っ」

逃げようと思った一歩手前で、羽柴にキスでその場に縫いつけられた。

息継ぎを許さない強引さが我慢できなくて、胸を叩くけど全然ダメージ与えられない。

逃げる事を奪い取ろうって魂胆見え見え。

それが分かってるのに、どうして俺は逃げ出せなくなってしまうのだろう。

羽柴の肩に爪を立てていた指から力が抜けていく。

全身も弛緩して、羽柴が支えてくれているからようやく立っていられるような状態。

そうなった途端、強引さは影を潜めた。

「藤守......」

吐息が含まれた声だけで身体が震えた。全身に広がった熱がどんどん俺の思考を奪っていく。

「好きだから......。分かるよな、藤守。でも、もっと分かってよ、......ナオ」

やだっ。分かりたくなんかない。これ以上、色々。

沢山の知らないこと。羽柴のことも、自分自身のことにも気付きたくなんかない。

俺の知ってる羽柴は、もっと子供で、直情的で、短絡的で。それで十分だよ。

「好きなら、許して？」

......何を？

そう尋ねるのすら億劫になってる時点で、もう羽柴の手の中だ。

悔しいって思ってるのに......。

......「好き」ならって、ずるいよ。




―――だけど、やっぱりそれとこれとは話が別っ。

......どうしてこうなっちゃうんだろ？？

いつの間にか、保健室でダウンしてる状態。

怠いし。疲れてるし。

......色々すっきりしちゃってるのは、俺が男だからしかたないのかもしれないけれど、でも......。

そんなことを悶々と悩んでいると、いつの間にか見ていたらしいらんが面白そうに笑いながら、あっさり俺にこう言った。

「要するに空のこと、すごーくアイシテルってことでしょ？」

えぇっ、そ、そんなの......。

認めるもんかっ！



～終～

2:スキ・キライ・スキ、...スキ。


その日。

「......くっ、くーちゃんの、ばかっ！」

真っ赤な顔でそんな捨て台詞を残して消えた直を探して、右往左往していた空は、たまたま通った空き教室で黄昏てる陰険数学教師を見かけた。

愛用の眼鏡を机に放置し、面白いくらい丸まった背中は哀愁を漂わせ、なにやらぶつぶつ呟いている。

（......？）

ふと興味を覚えた空は、こっそり気配を立ちながら近づいてみる。

「......き、きら......、す......、......い......」

緊張を帯びた声がようやく聞こえてきたが、何のことかさっぱり分からない。

微かに何かを千切る音もするのだが......。

「すき、......きらい。だぁぁぁーーーーっ。何度やってもだめじゃねぇかっっ。くっそーーーっ、こうなったら直接聞きに言ってやるっ」

珍しく空に気付く気配もなく、陰険数学教師......もとい彼、水都真一朗は手に持っていた何かを投げ捨てるとそう叫び、いつもの変装を完全に忘れて、走って消えていった。

呆気に取られながらその姿を見送った空は、ふと真一朗が座っていたあたりに何かを見つけて近づいた。

そこには、真一朗によって裸にされたらしい八重の花たちが何本も散らばっていた。

これを見て、真一朗が何をしていたのか、ようやく空にも飲み込めた。

花弁を千切ることで二択の運命を占う。......いわゆる花占いで、あの切羽つまったような様子からして、七海とのことを試していたに違いない。

（......兄ちゃん......）

納得すると共に、なにやら情けない気分が胸に込み上げてきて、空は大仰にため息をついた。

想像するところ。

あの落ち込み方からして、七海を怒らせてへこんだ挙句、花占いにも味方されなかった。

そんなところだろう。

そして今。

飛び出して行ったのは、思うようにならなかった占いに業を煮やして、七海のところへ舞い戻ったといったところか。

（それにしたってよぉ、花占いはねぇよな......兄ちゃん）

七海にベタ惚れの真一朗の心情を思い、多少の同情はすれど、憧れていた人のこんな情けない姿を見る羽目になったことに、空はほろ苦い気分を味わう。

（ぜ～んぶ、キライだったんだろうな......）

丸裸......正確に言えば、一枚だけ花弁を残して散らばる花たち。

何度占っても、花弁は『きらい』で一枚となり......。

『きらい』の花弁を千切るのも悔しく、次第に苛立っていく気分のまま、花にあたり散らしていたのではないだろうか。

そんな様が目に浮かぶくらい、花は教室のあちこちに落ちていた。

（あ～あ、せめて片付けてから行ってくれよ、兄ちゃん....................................うん？）

丁度居合わせてしまったのだから、見て見ぬフリも出来ないというもの。

それをため息をつきながら一つ一つ拾い上げて、外に放ろうとした空の目に、一輪、かろうじて裸を免れた花が写った。

ちゃんと全ての花弁を残した花一輪。

目の前に、ある。

「――――......あ、あはははは......」

思わずその花を拾い上げ、やけに真剣に見つめてしまった自分に気が付いて、空はわざとらしく声を上げて笑った。

そして、その乾いた笑いはしばらく教室に響き渡っていた。

そう、空は気付いたのだ。

今の自分とさっきの真一朗の状態は多分同じ。

思わずこんな占いに気持ちを託したくなるくらいの気分は、......情けないことに、同じなのだ。

（ま、まぁ、占いの結果が全てってわけじゃねぇし。......そ、それにオレはこんなもんしなくたって、藤守の気持ちは信じてるし......）

とか何とか苦し紛れの言い訳をしつつも、指は確実に花弁に伸びていた。

一瞬躊躇った後、空の指は花弁にとうとう触れた。

（けど......物は試し、だって言うし......）

「スキ......」

こくんと唾を飲み込んだ空は、さっきの直を思い浮かべながら、花弁を一枚千切った。

呟く声は我ながら、弱々しいと思いながら。




花弁が何枚か、空の足元に散らばった時だった。

「羽柴......？」

「わぁぁぁーーーーーーっっ！？」

背後から急に声をかけられた空は、酷く驚いて、万歳をするような格好で飛び上がっていた。

どきどきする胸を押さえながら振り返ると、不思議そうに首を傾げる直が背後に立っていた。

「ふ、ふ、藤守ィー？」

「な、何だよ、そんなにおどろくことないだろ？」

ずっと探していた直が、目の前にいる。

しかも、気軽に声をかけてきた雰囲気からして、機嫌も元に戻った様子。

喜んでもいい状況なのだが、今空を支配していたのは、誰にも見られたくなかった姿をよりにもよって直に見られていたかもしれないことへの驚愕だった。

そんなわけで、空の声は完全に裏返ってしまっていた。当然、その声を聞きつけ、直は不服そうに肩を竦めた。

「もぉ......何なんだよ一体。......それはそうと、こんなところで何やってるんだよ？」

「う......っ」

廊下を歩いていたらやけに緊張してる背中が見えたから声をかけたと、のんびり言う直に、空の顔はみるみる引きつっていく。

呑気な直の気配に気付かないほど、真剣だったのかと咄嗟に花を後ろ手に隠しながら、そんなことを思った。

「な、なんでもねぇってっ」

「......？」

説得力がないとは思いつつそう言い、誤魔化すために浮かべた笑顔が余計悪かったのか、きょとんと空を見つめていた直の表情が不審げに変わった。

「羽柴？」

「......っ」

直の詰問するような視線に堪えかねて、逃れるように視線をそらしたのが、災いした。

「へぇ～？」

腕を組んで珍しく、まるでらんのような小悪魔な笑みを浮かべていた直が、いきなり空に飛びついてきたのだ。

「なっ！？」

咄嗟ながら、当たり前のように直を抱きとめて、空は今更のように声を上げたとき、

「これって......」

そう呟いて絶句した直の声が耳に届いた。

嫌な予感がして、空はゆっくり直の方に向き直る。

さっきまで空の顔を覗き込んでいた直の視線は、自分の肩を抱く空の手に向いていて......。

（ま、まさか......っ）

そう、その手には花弁を半分ほど失った花がそのまましっかり残されていたのだ。

「ああああ～～～～っ！！」

「......」

花を愛でる性格ではないのは直も知っているし、そもそも花弁を半分千切ってしまっているのだからその理由は当てはまらない。

その上、何かを悟ったらしい直が思わず俯いて、その瞬間耳まで赤くした。

なんだろうとその視線の先を追うと、千切られた花弁が無数に散らばっているか。

真一朗の分も含んでいたため、多少量が多かったりするが。

正に、一目瞭然。これ以上の証拠があったら御目にかかりたいというものだ。

「～～～～～～っ！」

絶叫とはまさにこんな感じを言うのでは？というような、声にならない声を上げて、空は天を仰いだ。

こんな情けない姿をよりにもよって占っている相手に見られるとは。

（に、兄ちゃんより情けねぇじゃねーかっっ、オレってばっっ）

さっき真一朗に感じたことを、直は自分に感じているのではないか？

そう考えるだけで、羞恥で赤くなってくのが止められず、こんなことを始めてしまった自分に本気で地団駄を踏みたくなってきた。




結局直を抱いた姿のまま、どう行動することも出来ず、空は凍ったような時を過ごしていた。

その実、今すぐにでもこの場から立ち去りたい衝動に駆られていたが。

「あ、あの......」

「......何だよ」

しばらくして、直は躊躇いがちに声を掛けてきた。

いくら直が鈍かろうと、花占いの意味合いぐらい分かるわけで。

しかも自分たちは喧嘩をしていて、直の姿を見た途端思い切り動揺してしまったのだから、その答えは実にストレートなモノ。

こんな形での恥ずかしい内面の暴露に耐えきれず、申し訳ないと思っていても、その返事がぶっきらぼうになってしまうのは、どうしようもなく......。

いつもだったら逃げ出すのにそうはせず、腕の中で大人しく抱かれていた直の様子を幾分いぶかしみつつも、笑うなら笑えとばかり、やけっぱちな気分で直の顔を覗き込んだ。

すると、直はこの場にふさわしくないくらい真剣な顔をしていた。

「藤守......？」

「あの......」

「うん？」

「だ、だから。ね......」

口にしようとしては躊躇って、口を噤む。

そんなことが何度も続いた後、ようやく決心したのか、直は睨むように空を見つめて、こう尋ねてきた。

「羽柴......あの......は、花弁......の、残ってる......よね？」

「......っ」

（ふ、藤守っ！！　それをお前が言うのかよ......っ）

空の内面が少々悲鳴を上げる。

占っていたのは本当だけど、直に知られたこの状況で、占いを続行する気など全然全くない。

一番気取りたい人の前で、更に道化になれるものか。

大体自分がこんなことを始めたのは、直があんな些末なことで怒ったからで......。

と、段々直に八つ当たりしたくなってボルテージが上がった空だったが。

「だ、だから、あの......」

「......」

未だに空の腕の中にちょこんと収まってる直の顔を見ているうちに、そのテンションが急速に収まっていった。

いつもだったら、こんな直にとって恥ずかしい状況になった途端、直ぐに逃げ出してしまうのに。

困った顔をしているけれど、まっすぐ空を見つめて、空のことを待っていてくれる。

それはもしかしたら、直なりの仲直りしようという合図なのかもしれない。

いや。

もしかしたら、もしかしたら......それ以上の意味を持っていたりして......？

そう考えただけでも、かっと身体が熱くなる。

（ま、まぁ......そうじゃなくても、コレってチャンスってことだよな？）

さっきは逃げ出してしまった直を捕まえているのだ。

そんなことを考えているうちに、沈黙と照れに堪えきれなくなったらしく段々と居心地悪そうに動き出した直に気づいて、空は慌てて直の身体を自分の胸に押しつけた。

そしてさっきはあんなに動揺していたのに、今度は堂々と......。

「スキキライスキ......」

「ちょ......っ」

花占いを再開させた空に直が驚いて硬直しているうちに、残りの花弁を素早く千切り始めたのだ。

「も、もう離せ......っ」

「あ......っ、へへ～」

「な、何だよ......」

直ぐに最後の一枚になり、その結果に空は素直に喜びの声を上げた。

そんな空の嬉しそうな声にびくんと身体を震わせた直は、少し不機嫌だった。

けれど、そのちょっと拗ねたような怒ったような声に、空は更に嬉しくなっていった。

ちょっとばかり慈悲を向けて空に捕まってしまった自分に腹が立ったのか、すっかり空のペースになったのが癪に障るのか。

こんな風に不機嫌そうな時は、きっといろんな感情がぐるぐる回って困り切っている時。

そうこういう時の直は、実はすごく分かりやすいと思う。

「なぁ、最後の花弁、何だと思う？」

「知るか......っ！！　......っ」

どんなに鈍くたって、こんなに空が嬉しそうにしているのだから、答えなんか探さなくてもすぐ分かるのだ。

直もあっさり気付いたらしく、耳をこれ以上ないくらい赤くした。

「もちろん......」

占い結果を直の耳に囁いて、空は実に楽しそうに最後の花弁を千切ったのだった。



～終～