ささログ

07: そんな事言うと...ふさぐよ？


前だけ向いて歩いてた。

後ろで藤守が何か言ってたけど。

気を抜くと、その場で言いたくないことを大声で叫んじまいそうだから。

長い廊下を歩きながら、オレはかなり苛立っていた。




課題が出なかったし、授業で当てられることもなかったし、水都もいなかったし。

今日は、実に平穏な一日を過ごしていたんだ。

委員会があるとか言ってた藤守を待って―――まぁ別に待ってるとも言っていなかったんだけどさ―――行く当てもなくぶらぶらしてたら市川に会って。

「あれ、空先輩じゃん！　まだ帰らねーの？」

「あー、藤守待ってんだ」

「直先輩？　何かあるんスか？」

「図書委員」

「あーなるほど。分かる～、直先輩らしいな。そういや広夢もやってたんじゃなかったっけ？」

「広夢もか。あーらしいわ」

なんてやり取りしてしばらく話し込んでるうちに、日が陰ってきた。

さすがにちょっと遅いと気付き、市川と別れた後、図書室へ迎えに行った。





一人じゃ滅多に来ないけど、藤守との付き合いで何回か通った廊下。

ここを通ってる時も、オレの機嫌は良かったんだ。

「え、羽柴？　どうしたの？」ってあの大きな瞳を更に大きくして驚くのを、想像するのも楽しかったんだ。

「おーい、ふじ......」

図書室のドアを開けて、藤守を呼びかけて、言葉が詰まった。

―――実に楽しそうに、藤守が誰かと話して笑ってた。

藤守の笑顔って、びっくりするほど珍しい。同室で殆どの時間一緒にいるオレだって、滅多に見れないくらい。

けど、オレが動揺したのは、笑顔だったからだけじゃない。

一番堪えたのは、藤守がその笑顔を他のやつに向けていたから。

委員会の後だから、きっと同じ委員のヤツ。委員として付き合ってくうちに慣れたんだろうな、あんま人と親しくしない藤守が随分気安げだし。

と、そこまでは大分冷静に、状況判断出来た。

そいつがあいつの笑顔を呆けたような物欲しげな顔で見てたりしなければ。

―――あー、......なるほどね。

理解すると同時に、苛立ちが全身込み上げた。

奪うように......てか、実際に藤守をその場から奪って、現在に至る。



放せ！とか、どうしたの？とか。

そういう雑音を無視してるうちに、ため息が聞こえて藤守は黙ってしまった。

オレが『何故か』機嫌悪いことはもう気付いてて、その不機嫌を当てられて不本意だけど付き合ってやる。

藤守のコトだ、きっとそんなぐらいなんだろうな。

ますます苛立ちは募っていて、今日こそは言ってやろうって思った。

取りあえず行き先は、手短に二人っきりになれる場所。

この時間、誰もいないだろう屋上に向かっていった。

扉を開けた途端、ちょうど暮れかけていた赤い夕日が飛び込んできて、妙に目に染みた。

眩しくてその光を背にする。ちょうど藤守と向き合う形になった。

藤守はきょろきょろと辺りを見合わした後、今更気付いたみたいにオレを見上げる。

真っ直ぐオレを映す視線、でも相変わらず無防備で。そんな視線一つでどうかとも思うけど、簡単に苛立ちは増長した。

「あのさ、もっと、気をつけて......ほしいんだけど？」

「は......？」

苛立ちに任せた言葉は主語抜きで、藤守には全く伝わらずじまい。

無意味な言葉の応酬の後、仕方なく分かりやすく伝えることにする。

「あいつ、気があるの知ってるのか？」

「......気があるって、もしかして『好き』って......こと？」

頷くと、ぽかんと間抜け面を返してきた。

あーやっぱりな。

どうせ、気付いていないって思ってたさ。

分かっていたことだけど、やっぱりムカつく。

どうしてこいつはこうなんだろう。

それから、しばらく考えてはみたんだろう。でも結局出た答えは、

「え、まさか......」

っていう全否定で、しかも笑いかけてるのが余計腹が立つ。

無防備な額を人差し指でぐぐーっと押してやった。

「まさかじゃねぇっての、藤守のばーか。わざわざ二人っきりになるなんて......油断してんじゃねぇって」

「二人っきりって......」

ようやく、笑顔が消えた。それでも不審げに、首を傾げてる。

「信じられないって思ってる？　ったく、これだからな......危なっかしいんだよ」

「で、でも、先輩、俺が他人に触られるの苦手だって知ってて、いつも気を遣ってくれてるし。話すことも本のことぐらいだよ？　羽柴が言うようなことなにも......」

「だからって、態度が全部じゃないだろっ！」

全然分かってくれない藤守に対する苛立ちが、棘になった言葉。

傷ついた顔して藤守は、言葉を忘れたみたいに押し黙っちまった。

オレだって、こんな言い方したいわけじゃないのに。......ただ気付いてほしいだけなのに。

自嘲気味にため息を付いたら、藤守の肩がびくっと揺れた。

「あいつは大人しくって用心深いから藤守に気取らせてないけど......、あいつの目が、正直に言ってる」

「え......？」

「藤守のこと、そう思ってるって......」

さっき、あの目を見た瞬間分かった。

目は口ほどに物を言うって、あーなるほどこういう目かって。

......分かった時にはもう、頭に血が上っていた。

まず思った。んな目で藤守を見るな、って。

更に思った。そもそも、その目はオレのだ、って。

思い出しただけでも込み上げる苛立ちに任せて、握ってた藤守の手を更に強く握る。

ここに至っても、唖然としてる藤守。

オレが伝えた言葉が、まだ藤守の中に腑に落ちていないっぽい。

「......そう、なの？」

「あぁ......っ」

しっかり頷いたオレを見て、ようやく全て飲み込めたような藤守は、困ったような顔でオレを見つめた。

考えついた答えの先にあるオレの気持ち。

ったく、ようやく気付いたのかよ。

そのことに少しだけ安堵しながら、泣きそうな顔で「まさか」って思ってるのが分かってて、

「好きだからっ」

オレはもう引導を渡すつもりでそれを口にした。


藤守の中でオレの言葉はどう解けていったんだろう。

「......俺、男、だよ......？」

オレの告白を聞くなり赤くなって俯いた藤守からの、十分な時間待ったあげく返ってきた答えが、先ずこれだった。

落胆、というか、心底呆れた。

あーもう、どうして今更なこと。

そういう諸々は、オレはとっくの昔にクリア済みだ。

じゃなきゃ、男に告白なんて出来っこない。

そりゃオレだって始めはそれで躊躇したさ。

けどさ、藤守が意地張るくせに寂しそうな顔したり、時々すげーいい顔で笑ってくれたり。色んな藤守を知るうちに、理性でも押えられない気持ちがあるって、知ったんだ。

だから、常識とか理性とか取っ払っちまって、ちゃんとオレの気持ちに向き合って欲しい。

「俺は......」

まだ分別めいたことを言い出しそうな唇を見つめて、オレは藤守の頬に手を伸ばした。

もういい、んな言葉はもう､ふさぐから。

「オレも、男だし。それでも、オレ、藤守が......」



～終～